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薫る夕暮れ、わかりはじめる

読んだもの、観たもの、いただいたもの、詠んだ短歌などについての記録。

黒瀬珂瀾『蓮喰ひ人の日記』

 この週末に黒瀬珂瀾さんの第三歌集『蓮喰ひ人の日記』を読み返す機会があったので、この歌集について私が今感じることをそろそろ書き記しておこう、と思う。

 

 今回の黒瀬さんの歌集は1年1ヶ月に及ぶアイルランド、イギリス滞在の期間に書かれたもので、タイトル通り旅日記の形式。異民族としての暮らし、その間に起きた東日本大震災、ロンドンでの暴動、リビア戦争、研究者としての妻の日々と出産、育児など、書き手の関心の在処は多岐にわたる。詞書プラス歌という形式は、世界と自身を克明に記録したいという強い意志を感じさせるけれども、それらと平行してジョイス『ユリシーズ』の一節が随所に引用されていることで、記録という形式の持つ暴力性がうまく削がれている印象がある。

 彼らの旅は次の一首からはじまる。

 

赤き薔薇ささげて待てる青年を過(よぎ)りて我ら旅のはじまり

 

 なんと言うことのない、バレンタインデーの街の光景。けれどもそれぞれが専門的な仕事を持った夫妻だから、差し出されたいくつかの薔薇を振り切るように出発した旅なのかもしれない、などとも思う。

 『蓮喰ひ人の日記』というタイトルは「短歌研究」連載時から同じであるから、旅をはじめたばかりの頃に抱いていた、予感や決意だろう。それはこれまでの日々を忘れて父親になってしまうことへの反発や不安かもしれないし、歌人として新しい立ち位置に立つことの寂しさであるかもしれない。それと同時にブルーム氏が出会う街の住人のように、同行人にとってのいっときの宿り木でありたいという願いであるようにも感じる(それにしては少し自虐がすぎるようにも思うけれども)。いずれにしても、「私は歩む、歩むが迷うぞ」という宣言であって、その宣言通り、大いに迷いながら父になっていく心の軌跡が興味深くも美しい。

 

生まれ来るまで幾度の海峡を渡る児(こ)か母を美しくして

鳩尾を蹴られて笑ふ妻よわが刃に堅すぎる英国キャベツ

大家族眺めてねぶる腿の骨かつて否みき父となること

サハリンと北緯等しき朝を鳴くユリカモメ 父になるぞよいのか

 

 

 胎児を宿す妻の姿はどこまでも愛情深い。そんな妻の姿を美しいものとして眺めながらも、どうしても自身が父となることにためらいを感じる心が拭いきれない、その心境を驚くほど何度も語る夫は正直だ。ためらうのは父としてあるべき姿というものをストイックに意識していればこそだろうか。出産後は、奮闘できる全てのことに奮闘する父という印象。

 

紙おむつ箱ごと背負ふゆふぐれのレジ内側に白人をらず

真夜中の言葉は甘く容赦なくおむつを替へてくれようぞ吾児

明日へわれらを送る時間の手を想ふ寝台に児をそつと降ろせば

 

 

 昼夜を問わない子育てにかかりっきりの日々だが、子どもと向き合う父は常にこどもに光を見出し、こどもを光の射す方向へのみ導こうと決意している。

 

この夏に一枚の葉を加へたる児よいつまでも飲み干せ父母を

擡げたる首ゆ初めて見る吾児よここだ、世界に航路は満ちて

反転の後の世界に瞠りをりどの明日も跳べ明日へおまへは

 

 

 自分たちの持つもの全てを飲み干して構わぬと語り、世界は航路に満ちているのだと断言し、つねに跳躍し続けよと言い聞かせる父の言葉は少し過剰ではないかと思うほどだ。過剰であるのは、心のどこかで世界の過酷さを意識して止まないからであり、父自身が挫折を知っているから、あるいは今もそのただ中にいるからだろう。世界が完全に明るい時期がもしあるのだとしたら幼少期だけであり、それが儚いものであると知っていればこそ、幼少期の我が子には全力で世界の明るさのことを語って聞かせたいのだ。

 

ダマスカス・タイルを貼るは少年のまぼろしを追ふごときさみしさ

道とは創らるるものなるか ねえドリー、君の旅路の終はりつてここ?

 

 

 ダマスカスとはシリアの首都。イスラム風のタイルを貼った建築物に魅せられながらも、イスラム的な少年性を自らはもう手放したものであると捉え、世界初のクローン由来の哺乳類である羊のドリーの剥製に真向かう時、神ならぬ人為の理不尽に強く憤ることを抑止できない。子に語りたい世界と自らの出会う世界との間には齟齬があるのだ。

 そしてその齟齬は世界の側にだけではなくて自分自身の中にもある。

 

メッゾソプラノわが情欲を奔らせぬ月夜の吾児を人に預けて

われら国を離りて――吾妹、汝(な)が水に触るるとき静かなり寒の獅子

妻がペネロペイアなりせば吾は誰 児を抱きて入る飛機の空洞

 

 父親になっても美に対した時の情欲は禁じ得ない。禁じるほどに、自分が遠い旅に出て自分ではない何者かになってしまったことを思う。妻はその喪失を忘れさせてくれる存在だけれども、どこか異質な存在、異質なればこそ「美しい」存在、と捉えているようにみえる。

 書き手は、常に異質な思想や感情を同居させてためらわない。そしてひとつのことを思いながら常に別のことを気に掛けずにはいられない。そんな書き手の人柄は先述のように歌を眺めて感じ取れるのだけれど、二物衝突の技法で作られた歌も独特の味わいがあるように思う。

 

鱈つつむ衣の厚きゆふぐれをhibakushaといふ響きするどし

 

 フィッシュアンドチップスだろうか。日本人にとってはやけに分厚く感じるその衣をつつきながら、突然「hibakusha」という新しい「英語」のことが心に過ぎる。鱈のフライがなぜ「hibakusha」に跳ぶのか、読んでいる側にはどうにも解らない。けれどひとつ推測が許されるならば、「hibakusha」という語のこと、こんな言葉に旅先で出会ってしまうこと、この地で自分たち夫婦だけが、その後の母語話者であり、その語にまつわる一連の出来事の当事者であるという切迫感や孤立感――そういった感情がつねに書き手の感情を支配していて、たとえば厚い揚げ衣、くらいの些細な旅情すらトリガーになって思い起こされてしまうということなのではないだろうか。

 

人はみな人食ひにして嬰児(みどりご)のこぶしのごとき芽を噴ける芋

乳首咥へ損ねて泣けば空腹も忘れて泣くに――「収束」と言ふ

円高の話は地震(なゐ)に行き着くを燻製鯖に油浮きをり

臓肉を詰めし羊の胃はまろび人智は人を愛するや、否

 

 芋を見ればまるで嬰児のこぶしを喰らうようだと思い、乳首をうまくくわえられずに泣く子を眺めている間にも、時期尚早な原発事故の「収束」宣言に憤りを覚え、油を浮かべる鯖や臓肉を詰めた地元の料理を眺めていても円高にまつわる議論や人智が愛を持ち得るかを思わずにはいられない。これらの二物衝突の歌からは、一方が一方の比喩になっている、とか出会った時の思わぬ詩性の飛躍、とかではなくて、常に案じていることを複数抱えて生きているメンタリティー、それゆえささやかなことがトリガーとなって、思いの外大きな憂慮してやまないことが、気ぜわしく常に思い出されてしまう。そんな書き手の本質的な心の有り様を感じる。

 これだけの揺れ動く心を、丹念に記録したその胆力を思う。巻末の歌からは、彼らが旅を終え、九州に新居を構えたことがわかる。それはずっとともに暮らす日々の始まりでもあるし、常に線の形で同行した旅を終えて、点としての住まいを共有しながらそれぞれが違う新たな旅に出かけることの宣言でもあるだろう。自分の島に停泊させた旅人をふたたび海へ帰すことで、オデュッセウスオデュッセウスであることを、蓮喰い人は蓮喰い人であることを、ひとまず捨て去るのだ。

 

玄界灘 この一面のまばゆさにオデュッセウスの背は溶けゆくを

 

La Rose et Les Planétes――『星の王子様』のモチーフを借りながら――

2015年9月19日に大阪・十三で開かれたマラソン・リーディング2015 in 大阪 with さくらこカフェ(@カフェスロー大阪)で朗読をさせていただきました。素晴らしい歌人の方々の間に交ざって朗読させていただけて、とても貴重な体験でした。

その際に朗読させていただいたテキストをアップします。

 

 

「 La Rose et Les Planétes――『星の王子様』のモチーフを借りながら――」

 

そもそもの僕らの日々に帰るため手ぶらで川辺へとゆきつきぬ

 

 ****

 

「それ、なあに? そのしなもの?」「しなものじゃないよ。これ、飛ぶんだ。飛行機なんだ。ぼくの飛行機なんだ」ぼくは鼻を高くしながら、鳥のように飛べる人間だといってやりました。すると、王子さまは、大声をあげていいました。「なんだって! きみ、天から落ちてきたんだね?」

 

パジャマ着をコートでかくし出かけたる例えばドラッグストアの出会い

 

パンクというのは、飛行機のモーターが、どこか故障をおこしたのです。機関士も、乗客も、そばにいないので、ぼくは、むずかしい修理をひとりでやってのけようとしました。

 

退職は気の毒なものと皆が皆告げれば小さき羽をかくしぬ

 

 ****

 

「だれかが、なん百万もの星のどれかに咲いている、たった一輪の花がすきになったら、その人は、そのたくさんの星をながめるだけで、しあわせになれるんだ。そして、〈ぼくのすきな花が、どこかにある〉と思っているんだ。それで、ヒツジが花をくうのは、その人の星という星が、とつぜん消えてなくなるようなものなんだけど、それもきみは、たいしたことじゃないっていうんだ」

 

児童指導調査カードに書く時の夫の名の楷書はのびのびと

 

「あんたのすきな花、だいじょうぶだよ……あんたのヒツジには、口輪をかいてやる……あんたの花には、かこいの絵をかいてあげる……ぼくは……」

 

もの言いにどうしようもなく滲みゆくこれは幸福 蕗を煮ており

 

 ****

 

出発の日の朝、王子さまは、じぶんの星を、きちんと整理しました。念入りに活火山のすすはらいをしました。

 

こうばしき焼き餅を醤油餅にして朝餉もそこそこに家を出る

 

「そうか、では、あくびしなさい。命令する。わしは、もう、なん年か、ひとのあくびするのを見たことがない。あくびというものは、おもしろいものだな。さ、あくびしなさい、もう一度。命令じゃ」

 

綴っては突き、綴ってはまた突いてロケット鉛筆で書く物語

 

「なぜ、酒なんかのむの?」と、王子さまはたずねました。「忘れたいからさ」と、呑み助は答えました。

 

窓際に座れば右の肩冷えてひらく場所より季節は届く

 

「こんにちは。なぜ、いま、街灯の火を消したの?」「命令だよ。や、おはよう」と点灯夫が答えました。「どんな命令?」「街灯の火を消すことだよ。や、こんばんは」といって、点灯夫は、また火をつけました。

 

逃げよ、という声の聞こえて来し空を振り向きざまに塩となりたり

 

 ****

「ぼくの友だちのキツネがね……」と王子さまはぼくにいいました。「ぼっちゃん、もう、キツネどころじゃないんだよ」「なぜ?」「だって、のどがかわいて死にそうだもの……」

 

密告の記事をひらきて密告のない国はないとあなたは言えり

 

「きみ、いい毒、持ってるね。きっと、ぼく、長いこと苦しまなくていいんだね?」

 

「はなたば」と不意にあなたが言いし時その明るさに驚いたのだ

 

「ね、とてもいいことなんだよ。ぼくも星をながめるんだ。星がみんな、井戸になって、さびついた車がついてるんだ。そして、ぼくにいくらでも、水をのましてくれるんだ」

 

「これくらい」の「くらい」がとても上手いから飲み込んでこの春へ駈けるよ

 

王子さまの足首のそばには、黄いろの光が、キラッと光っただけでした。王子さまは、ちょっとのあいだ身動きもしないでいました。声ひとつ、たてませんでした。

 

 ****

 

きんいろが日ごと増しゆく陽光のきわまりに僕も砂になりたし

 

 

※本文引用は『星の王子さま』(サン=テクジュペリ作、内藤濯訳、岩波少年文庫二〇一〇、一九七六年改版発行)により、改行・振り仮名などを適宜改めて行いました。

 

正岡子規『墨汁一滴』


  正岡子規『墨汁一滴』(明治34年)から、新しい日本語の表記に関する記述を。

「漢字廃止、羅馬(ローマ)字採用または新字製造などの遼遠(りょうえん)なる論は知らず。余は極めて手近なる必要に応ぜんために至急新仮字(しんかな)の製造を望む者なり。その新仮字に二種あり。一は拗音(ようおん)促音(そくおん)を一字にて現はし得るやうなる者にして例せば茶の仮字を「ちや」「チヤ」などの如く二字に書かずして一字に書くやうにするなり。「しよ」(書)「きよ」(虚)「くわ」(花)「しゆ」(朱)の如き類皆同じ。促音は普通「つ」の字を以て現はせどもこは仮字を用ゐずして他の符号を用ゐるやうにしたしと思ふ。しかし「しゆ」「ちゆ」等の拗音の韻文上一音なると違ひ促音は二音なればその符号をしてやはり一字分の面積を与ふるも可ならん。
 他の一種は外国語にある音にして我邦になき者を書きあらはし得る新字なり。
 これらの新字を作るは極めて容易の事にして殆ど考案を費さずして出来得べしと信ず。試にいはんか朱の仮字は「し」と「ユ」または「ゆ」の二字を結びつけたる如き者を少し変化して用ゐ、著の仮字は「ち」と「ヨ」または「よ」の二字を結びつけたるを少し変化して用ゐるが如くこの例を以て他の字をも作らば名は新字といへどその実旧字の変化に過ぎずして新に新字を学ぶの必要もなく極めて便利なるべしと信ず。また外国音の方は外国の原字をそのまま用ゐるかまたは多少変化してこれを用ゐ、五母音の変化を示すためには速記法の符号を用ゐるかまたは拗音の場合に言ひし如く仮字かなをくつつけても可なるべし。とにかくに仕事は簡単にして容易なり。かつ新仮字増補の主意は、強制的に行はぬ以上は、唯一人反対する者なかるべし。余は二、三十人の学者たちが集りて試に新仮字を作りこれを世に公にせられん事を望むなり。
(三月十一日)」

「『近古名流手蹟(しゅせき)』を見ると昔の人は皆むつかしい手紙を書いたもので今の人には甚だ読みにくいが、これは時代の変遷で自(おのずか)らかうなつたのであらう。今の人の手紙でも二、三百年後に『近古名流手蹟』となつて出た時にはその時の人はむつかしがつて得読まぬかも知れぬ。それからもう一時代後の事を想像して明治百年頃の名家の手紙が『近古名流手蹟』となつて出たらどんな者であらうか。その手紙といふ者は恐らくは片仮名平仮名羅馬(ローマ)字などのごたごたと混雑した者でとても今日の我々には読めぬやうな書きやうであらうと思はれる。
(五月二十六日)」

  漢字全廃やローマ字書き採用が真剣に議論されていた時期に、子規もまた新しい日本語の表記法について、思いを巡らせて発言をしていた。文人たちは皆気になって仕方がなかったのだろうと思う。
  拗音や促音は、その後小さい「や、ゆ、よ、つ」で書き表すアイディアが採用されて今日に至っているし、外国語音も外来語としてよく使う欧米語を中心に書き方の指針が示されたのだから、子規の指摘した点はかなり実際に改められてきたといえる(さすが子規)。
  漢字全廃については、他の随筆なんかを見ても慎重に言及を避けている感じがして、ただ、この『墨汁一滴』の書きぶりからは漢字が廃されてローマ字がもっと多用される未来を想像していたような気がする。
  実際にはそこまで変化は起きなくて、『墨汁一滴』の表記(たとえば大正四年版を復刻した『新版子規随筆』を見る)と明らかに違うのは、漢字が新字体になって常用漢字が採用されたこと(それ以外の漢字は、使わないかふりがな付きで使うことが出版などの漢字使用の「目安」としてかなり遵守されている)と、変体仮名が全廃されたこと、そして現代仮名遣いが採用されたことくらいだと思う。子規の随筆も「表記の面では」今日でもまだ多少の慣れで「読める」(むしろ語彙や文法の方が隔世の感があると思う)範囲なのでは。
  明治100年は昭和43年。ベトナム戦争、東大闘争。『竜馬がゆく』刊。少年ジャンプ創刊。恋の季節、恋は水色、サウンドオブサイレンス、ヘイ・ジュード。巨人の星夜のヒットスタジオ
  音の文字化の面でも語彙の選択の面でも、口語をそのまま表記することに圧倒的に慣れてしまったし、漢字書きがだいぶ少なくなった。子規たちが明治100年の文を読んだら、その辺りにもたもたした読みにくさを感じるのかもしれない。でも、そのくらいだと思う。そのことに子規がホッとするのかつまらながるのかは、わからないけれども。

冬瓜(「未来」2015年4月号掲載作品)

冬瓜

十年の熾火抱えて冬瓜のさみどり君だけを割ると決める
「父はね」と夫が語ればたちまちに初夏の光を宿す胎
花びらを顔へ受けしよ空の破片硝子の羽と否定しながら
父慕う歌流るれば獣園のおまえはガゼル私は駝鳥
故郷に夫と立つたび夫の名を小さく忘れゆくのかも知れず
もっと詩を語り合わねば真南へなだれむと分水嶺を水は
逃げたがる子をぎゅっと捕まえながら感情をひとつ鳥葬にする
穏やかなこの人の所作を丹念に真似て生きむよ失語の今日を
公園の道にあしあとが描いてある夫がゆき子がゆき私がゆく

井辻朱美『クラウド』

 『水晶散歩』以来約10年ぶりの刊行となる、著者の第6歌集。

 

散文の論理ではない、詩の理不尽な結合力と飛躍力。

大人の「象徴界」ではなく、子どもの「想像界」。

最終的には、そこへ還ってゆくべきなのではないか、そんなふうに思ったのです。

 

 

 そう語る「あとがき」をどこまでも忠実に、ひとつの物語として立ち上がらせたような歌集だと思う。現実とファンタジーの融合あるいは境界。現実の論理の後追いではない、本当のファンタジー。この歌集への評価としてまず語られるべき点はそこであるけれど、すでに多く語られてきたことであるから、ひとまずそこについては触れない。

 その先のもう少し微細な質感を伝えるものとして私の目にとまったのは、たとえばこんな歌だ。

 

きょうここにいる ことがいつも耐えがたい 旅とはかがやかしい白雲だから(P.107)

 

 

 私は今日、たしかにここにいる。この現実世界、そして現実はたとえばこう俯瞰できるはずだと、思い描いたところの世界に。ひとつ目の一字あけはそのことへの揺るぎない断定だろう。けれどたった今断定されたはずの事実は、すぐさま「いつの日も耐え難い」と強い拒絶の感情でもって受け止められる。なぜなら、あたかもここにいるように見えるけれど、本当のところを言えば、私は白雲として世界を旅する存在なのだから。陽を遮り、時に雨すら降らせながら、けれどあくまで私自身は輝きながら、私がここに永住することはない。

 ファンタジーという手法をとっているからかもしれないが、そう言われてみると確かに、旅するクラウドとしての語り手は、歌集全体を通していつもひっそりとたたずむ。

 

指先で切符をはじいて鳴らしている 卑しき街をゆく騎士として(p.17)

テディベアの耳の湾曲しずかにて陽ざしは永劫あなたを照らす(p.34)

これからは好きなことしかするまいと紅葉爆裂わたしの連山(p.57)

泣きじょうごの男をひとり抱きよせて椰子の木の永久にわかい脊髄(p.69)

まぜあわす言葉の泡立ち もうぜったいに傷つかないでいたいとおもった(p.80)

きらきらと星が振れ出す天球図譜この世に生きてしずかな唇(p.68)

かぜがきてしづかな言葉をつむぐので響きの響きの響きであるわたし(p.80)

コバルトブルウの鳥がこの星に在ることはきみ、なんという救いだろう(p.22)

 

 

 こうして抜き出して読んでみると、どの歌からも語り手の感情を比較的ビビッドに感じる。けれど連作の中に置かれた形で読むと、語り手もあなたも、風や椰子やドラゴン、波、といった「世界」を構成する諸々のものたちとほぼ等しい存在感しか持たなくなる。私自身はあくまでしずかな唇をもち、風の言葉を増幅させて響かせる存在(さらにはその存在による響き、をさらに響かせる存在)に過ぎない。井辻の世界では、私もあなたもその他すべてのものが意志を持ってそこに「居る」のではなく、大きな力の何者かによってそこへ配置されて「在る」のだろう。それは宿命のようなものを帯びてそこに在るというよろこびでもあるし、寂しさでもある。

 

 ところで、黒瀬珂瀾は「赤ん坊のえくぼのようにくぼむ水は無限バイトのメモリーを持つ」の歌をあげて、「原始の生命力を表す水の上に、最先端テクノロジーの幻を見る。逆に言えば、現代科学を無機質な産業から神秘の理論へと奪還しようとする詩精神がある」と指摘する(「生き直す精神」『現代短歌』2015年3月号)。このような世界の把握の仕方はかなり顕著に、歌集全体にあらわれていると思う。

 

空調にほつれたしおりがそよぐかな 風の単語を習いはじめて(p.17)

合言葉きらめく滝を忘るなと吹き抜けに住む椰子のたてがみ(p.31)

うっとりと岬に抱かれた海があれば風はメルカトルの図法よりくる(p.32)

等圧線の波に心からあやされて泳ぐ列島をサウルスと呼びたい(p.47)

リキッドがどうしてこんなにさみしがるんだ揺れながら胸を打つ波頭(p.100)

この島にディズニーランドが着床してから惑星固有の風船の花咲く(p.102)

絢爛と本くずれたるデスクの隅に平伏しているレッツノートが(p.172)

 

 

 空調の風と海原や森をわたる風、吹き抜けとして屋内へと取り込まれた空と本物の空。語り手は、それらの間に一切の優劣や先後関係をみない。メルカトル図法や等圧線、水の位相としての「リキッド」という概念、ディズニーランドやレッツノートといった人間の発明品も、自然から与えられたものと等質の詩性を持つ。そもそも「自然物」と「人工物」という分類をすること自体が人間の奢りであり、人の意志はそのものを具現化させたひとつのきっかけに過ぎない――そう主張するかのようだ。

 けれど、そういったかなり冒険的な主張が妙に納得できてしまうのは、先に触れた「私」と同じように、人間の生み出したもの達もまた、永住しない存在だと捉える語り手の信念のようなものが、歌集全体に行き届いているからだろう。すべての事物がひとところには永住し得ないもの、けれど記憶や記号や予感として世界の上にたしかに在りつづける。そういう「クラウド」だ。最後のページを読み終えて閉じた時、不思議な安らぎとともに私自身がもう一度世界へ送り出されたような、幸福な気持ちだった。

 

あの口のつむいだ言葉は思いだせない 時は流れて雲(クラウド)は残る(p.123)

クラウドとは真一文字に光ることば きみには還ってゆくさきがある(p.173)

 

 

(2014年7月、北冬舎、ISBN978-4-903792-49-1、2,200円+税)

ある朝ある夕

ある朝ある夕

 皿を出す音パンの匂いたぶんあれは娘だそろそろ七時半だろう

まだ眠りたいからひとり食事する娘に朝のコーヒーをねだる
うちのママはなんで面倒見てくれないの?と甘噛むように少女は
寝床まであなたを呼んでつま先で背中撫でつつ聞く今日の予定
ゆくりなく来たのだ少女の胸先に初夏の菜種のような隆起が
思春期用の肌着を着せてまじまじと少女の胸を見てよしとする
リビングで服を脱ぐなととがめればことさらに肌をさらす、さらす、君
着替えながらじゃれ合う姉妹一生分その肌を記憶すべきだすぐに
髪を洗えととがめても睫毛を反らし「いいからはやく結んで」だなんて
やがて来る春そして夏 繭玉をかくまう準備しなければならぬ
ふわふわと埃がからむリビングをどうすることもせずまわす日々
ひとりひとつ鉄の塔をたててゆく果てのない暮らしなのか夫婦は
母である矜持が根絶やしとなった身体を季節として差し出す
タクシーのシートに身体沈ませて五倍速で見る夕暮れの街
おでかけの約束をすれば運転席揺らしてオオカミのこども喜ぶ
春生まれの子の重たさよよりによって真夏に身籠もるのではなかった
切り時の髪をあまものように揺らしおさなごは凛と夕闇をゆく
プール帰りの少女らをおかえりと拾う とても穏やかな感情だ、今
ゆるやかな転落という他のない時は命がつながればいい
だいすきと何回も言うおさなごの胸に額をこすらせながら
うまい棒食べたらゴミを投げっぱなしそのたびにまともに傷つくよ
仕事から戻るも夫は海風のひらめきで子らと食事へゆけり
居残りをするとはこんなつまらなさ本をひらくが静かすぎる部屋
知り合った日のことを書けばあの日からずっと恒星と惑星だわれら
われのみの夕食は作る甲斐のなくてご飯に揚げ玉だけかけて食べる
十年間いちまいの春のジャケットを匿うような微熱、に触れた
われわれの水くみ場だから食器たちは毎日洗うシンクもみがく
唐突に戸が開けられて膝をめがけ走り来る子の息、バジルの香。
自分が燃えてしまうかあなたが散らばってしまうか、その億年の間を駈ける
おやすみ、と書斎へ向かうこの人も燃えさかる一点をめぐる星

 

 マラソンリーディング2014withガルマンカフェ(11/23(日・祝)@cafe LAX)で、朗読をさせていただいた時の歌稿です。「未来」に出した月詠の作品を並べ直し、改稿して30首の連作にしました。

 マラソンリーディングでの朗読初体験は、今年いちばん印象的だった出来事のひとつです。もっと朗読したときに音として伝わりやすい連作の組み方とか、歌そのものを探求したいと思いました。

 お世話になった皆様、ご一緒した皆様、どうもありがとうございました!

近藤芳美『磔刑』

◇近藤芳美『磔刑


 1988年刊3月短歌研究者刊。第15歌集。
 「1985年から86年夏にかけての作品よりなる。72歳、73歳の間である。…同じ時期、雑誌「世界」(岩波書店)に「歌い来しかた」という文章を掲載していた。…小さな仕事ながら、一歌人とし自らの作品を通し、生きてきた戦後史の一時期をたどり直そうとするやや重たい作業でもあった。」(『近藤芳美集』第4巻著者あとがき)
 「更に85年11月、「現代歌人協会代表団」として中国への旅をした。戦後40年、日本と中国の平和と友好をひそかに願って他ならない。ひとりのこころのこととして記しておく。」(『磔刑』著者あとがき)

 近藤の身辺上の大きな変化は歌としてはあらわれない。これまでと同じく、風景や妻との日々を穏やかに叙情的に読む歌群と、季節に従い、また旅先で歴史や自らの経緯に思いを馳せる歌群が、大きなふたつの柱となって構成されている。中国への旅行と戦後四十年というひとつの節目が重なった時期。キリストの磔刑を目撃した使徒パウロを描く連作(「磔刑」)を作り、この連作のタイトルをそのまま歌集名としたのは、やはり心境や思考の経緯の吐露を歴史の目撃者として意図的にしていこうという近藤の意志のあらわれだろう(飯田彩乃さんの未来誌での論考を思い出します←あとでタイトルなどきちんと書きます)。生き残った者の苦悩の中で、しかし生き抜くことを決意し、指向している印象がある。

 中国へゆけば杜甫や古代の戦乱などのことに思いを馳せ、かと思えば聖書の物語を主題とした連作がいくつかあらわれたりして、やはり歴史と限りなく同化して生きた人なのだと思う。

果樹園の切り払われてなずさえる夕くれないや月かかるまま
生きて残るなどと思うな身を削ぎて吹くごとき風杖に歩み来て
慰めむひとりをたずね終る旅春過ぎゆかむひと日夕かげ

かなしみのときの成熟に平和あれよ遠く四十年真夏日めぐる

寝台の冷えに車窓に覚めて見し北斗は近し蜀の道つたう
冬に備うる白菜の町におびたただし北京より成都より今日は西安
文化大革命の日に生きたりしことをいわぬひとつ世界も人の優しさも

この国に再び今を何に生くる詩のことを聞く吾ら詩人ゆえ
ヨブの叫びいつさえ人間の叫びとし古代の生きし地に生き縋る
使徒パウロ磔刑のその人を見しというや冴えて眠り待つ霜夜のねむり
イザヤ書をわずか読むのみ重ねゆく日の寂しさの冬戻るべく

 「マリーゴールド」という連作が前後の歌群と少し違う印象。やはりものすごくお洒落な人だと改めて思う。

マリーゴールド

ジェットコースターつねに声湧く夜空冷え年々に来る森の路あり
観覧車森になおめぐるひかりいくつ夏のごとに来て妻と路つたう
回転木馬めぐり初むれば妻とあり木むらのひかり園閉じむとて
踊り終えし一団はフィリピンの男おみな季過ぐる遊園に人の乏しく
マリーゴールド咲き群るるかたゲートの灯深夜のごとし共に帰らな
待つ父母ありにしこともまた遠く青松虫の月に鳴きしきる