薫る夕暮れ、わかりはじめる

読んだもの、観たもの、いただいたもの、詠んだ短歌などについての記録。

日記(2013.10.18)

午後11時。

5歳の娘のしほは、まだ眠らない。
いちど父親に叱られて布団を敷いた部屋にしぶしぶ入っていったものの、「あつい。あつい。」と布団の上を何度か転がったりした挙句、5分もしないうちに居間へ戻ってきたのだ。

「寝なさい。」といちどめは穏やかに、諭すように言う。
「のどがかわいた。」
しほは私が座っているソファーの横をすり抜ける。キッチンの冷蔵庫を開ける音。

そのまま私がスマートフォンをいじっていると、突然目の前にプラスチックの刀がぬっ、と突き出された。おどろいて顔をあげると、「ふふふ~ん。」としほが得意げに立っている。

「寝なさいって言ったよね。」
言うことをきかない上に刀を突き出された私は腹が立って、しほがかざす刀をひったくる。さすがにおびえてしほが後ずさりする、両腕で自分の頭を守りながら。

2秒ほど無言で見つめ合ったあと、しほはだまって寝室へ戻っていった。
それでも布団の上でまた転がったり家族にちょっかいを出したりしていたのか、しばらくして父親の「寝ろ。殺すぞ。」という声が壁のむこうから聞こえてきた。この人の「殺すぞ。」はいわばややいらだった時の口癖で、それほど悪気はないのだ。

その後ようやく、寝室からの物音はしなくなった。

それにしても、いちにちのいちばん最後に父親からも母親からも暴力的な言葉を浴びて眠りにつく夜、5歳のこどもはどんな夢を見るのだろう。よくない夢?案外それでも楽しい夢を見るものだろうか。

明日の朝目覚めたら、一番最初に抱きしめてやろう。
明日は運動会で弁当を作るのに忙しいから、またいらいらいらいらしほたちを叱りとばすことだろう。
それでも起きた瞬間だけは抱きしめてやるのだ。


朝。

たらこおにぎりのたらこを焼いて、唐揚げの肉に下味をつけて、ウインナーにたこの足の切れ目を入れる。
段取りを考えながらばたばた準備していると、しほが目をこすりながらキッチンに入ってきた。

「おはよう。」料理していた手のひらが触れぬよう、手首でしほを抱きよせる。
「今日はなんの日だ?」
「うんどうかい!」
「晴れているか、おもてを見ておいで。」

腕の中でにこっと笑うと、しほはベランダへと駈けていった。

昨夜のことはまるで何もなかったかのような、順調な朝。
それでもああいう出来事が何もなかったことになどなるはずがなくて、その記憶は彼女が眠っている間に、きっと頭のどこかへと格納されただけなのだ。記憶のカプセルホテルのようなその場所に。赤い花。黄色い花。

あふれかえってしまう前に、今の暮らしのなにかを、変えなければ。