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薫る夕暮れ、わかりはじめる

読んだもの、観たもの、いただいたもの、詠んだ短歌などについての記録。

12月7日(土)付・近藤芳美『冬の銀河』

日記 読書日記

12月7日(土)

◇午前中、こども達と過ごす。午後、山崎聡子さん歌集『手のひらの花火』批評会。
 かなり高度な技術面での指摘が多かったのは、山崎さんの実力を踏まえてのことなのかも知れない。文体との契約という話が身に突き刺さるようだった。「文体との契約」の本当の意味は、私にはまだ理解できていないのかもしれない。連作ごとに違った磁場に乗ることも別に構わないように感じている私は、まだまだ自覚が足りないのかもしれない。
 書こうかどうしようか迷った上で書くけれども、「グロリア」の一連がどのような評価を受けるか、という点に前から興味があった。なるほどなと思った。石川美南さんが否定的な意見を言うのは解る気がしたけれど、斉藤斎藤さんが辛口の評をしていたことが意外だった。どんなところがどんなレベルで駄目なのか、詳しく聞いてみたい気がした。当事者の悲しみや怒りにどこまでも寄りそい、それが可能な立ち位置でだけ表現することが短歌の約束なのかもしれないが、私としてはこういったことを軽率とも思える感情と切り離した表現で綴るのは、文芸として普通のことのように思う。

◇読んだ本
・『近藤芳美集』1『冬の銀河』

 昭和26年7月から29年8月にかけての歌。『歴史』とうって変わって言葉少なな後記が胸に迫る。対象に対してどこまでも評価的だった眼差しが、その姿のままで包みこむような心のありように変化している。人や物の美しい部分を掬い上げながら綴られた歌群は確かに東京の空に幽かに輝く銀河のようだ。
 難解な、つまり当時の情勢をよく解っていないとどうにも解らない歌がだいぶ少ない。前から気になっていたのは停電の歌が多いことで、梶井基次郎の小説に「はやく電気でもくれば」と確かあったが、時代時代の電力供給の事情なんかも、きちんと調べながら読んだら大分面白いのだろうなと思う。

  海の色暗き日すがら人寄りて砂鉄を洗ふ砂丘(すなをか)のかげ
  沖遠くサルベージ船見えながら暗き潮に虹の立ち居つ
  停電より停電までの一時間音絶ゆる夜を妻と寄り居る
  吾があます鰊を箸に食ふ女馬橇の音遠く過ぎたり
  言ふままに素直に帰る少年よ土のとけ行く夜の風の中

 

やっと1巻読了。