薫る夕暮れ、わかりはじめる

読んだもの、観たもの、いただいたもの、詠んだ短歌などについての記録。

4月5日(土)・6日(日)

 4月5日(土)

 ◇何をしたかほとんど覚えていない。ほぼ家にいた?夕刻出かけた気もするけれど思い出せない。

◇9首出来ていた月詠の最後の1首を、とりあえず絞り出した。過不足なく、ベストの改稿をしたい。でも時間をかけすぎずに(そういう技術として)。

 4月6日(日)

◇午後テニスに出かけたが、雨。図書館に寄って、新学期の学用品をそろえて帰って来た。

◇仕事を打ち切ったことについて、自覚しているより遙かに傷ついているんだと気づく。無理だと思ったことは無理だったのであって、このあたりは本人の自覚症状が全てであるから、この件について質問は受け付けない。

◇小保方さんと自分とを重ね合わせることが多い。彼女に罪がないわけでは全くないが、彼女の言うことはある線まで本当なのだろうと思う。私だって数え直せば絶対違う数になるとわかりきっているデータや修正事項が山ほどあるとわかりきっている翻刻を、毎回そのまま出してきた。悪気があるのではなく、ただ正確であることを重んじる時間がないのだ。綺麗な写真を撮り直す時間を節約するとか、データの貼り間違いをするとかだってリアルに想像できる。そういうレベルで一部若手の実力体力事務処理能力が追いついていないことに、指導者が気づくことはまずない。

◇そういうのが嫌だったから休むと決めたのだった。論文を書かずに教壇のみに立つことはできない、論文を書いている人にチャンスはあるべきなので。ひとまずは、文芸の面での書くこと批評することのみに、24時間×2年間、すべてを注ぎたい。

◇このあたりの問題に対する切実さは、研究者とそうでない人、おなじ研究者でもデータありきの分野の人と論じていくことに比重のある分野の人とでは、少し体感が違うのかも知れない。

◇研究者として期待されてきたことをつい思い出すから山をみると憂鬱だけれど、そういう期待から当面自由なはずなのだから、私は奥多摩の山の住人だ。

 

 ◇読書◇

なし。『黒豹』を少しずつ。自分と自分の周囲の心の状態をおだやかに保って、ゆっくりと本が読みたい。