薫る夕暮れ、わかりはじめる

読んだもの、観たもの、いただいたもの、詠んだ短歌などについての記録。

4月9日(水)付『近藤芳美集』第3巻『遠く夏めぐりて』

4月9日(水)
◇昼まで読書、家事。午後、こどもの懇談会。
◇新しい担任の先生がこどもたちの様子をデジカメで撮って、テレビで見せてくれた。SDカードとそれを読み込めるテレビがあればそれができるのだよな、と感動した。
◇懇談会ではこどもの二次性徴についても。おしゃれに目覚めたりしますという話を聞いて、整髪料はぜったいGATSBY、とこだわって聞かなかった中1の頃を思い出す。思春期の頃は、訳が分からないことばかり考えていた。
◇夜は家で家族とゆっくり食事。忙しくなっても持続するといいなと思う。

◇読書◇
『近藤芳美集』第3巻『遠く夏めぐりて』
  読了。書名と同じタイトルの連作から、夏は戦争を想起する言葉だとわかる。間違った印象かもしれないが、硬質で破調が著しく情報量の多すぎた文体が、少し柔らかく転じている印象があった。もちろん描かれている主題や近藤特有の社会を徹底的に見つめて自分の判断や感情を表明して行く態度は変わらないが、常に外へ向けられて判断を下していたあり方に、ふと自分の私的な感情というか緊張の糸が少し緩むような瞬間があって、読みすすめるのが楽しい歌集だった。
  内容は、リアルタイムでの社会情勢というより過去をこれまで以上に頻繁に切実に振り返るもので、それがタイトルにも繋がっている。過去のことを繰り返し思う心の状況と、柔らかな文体を選ぶ心の状況が、近藤芳美の場合は連動して起こったのかもしれないということを、不確かながら想像した。柔らかな叙景の歌に挟まれて硬質な一連が配置されるような形で、『黒豹』までとは違った形で揺さぶられながら読んでいく読書体験だった。
  最後の「冬まで」は、おそらく戦争体験から同時代の学生運動に至るまでの30年あまりを自由に往還しながら詠った100首の連作(違うかもしれない)。忘れ難い、記憶しておきたい絶唱だった。
  それも含めてどうしてこの時期にこの歌集だったのがが気になる。きっと誰かがどこがで説明していると思うから、答えを教えてくれる評論をはやく読みたい。

  テレックス打てる友ありいつか来て吾が枕辺にワイン置き去る
  相ひそむ冬の野獣のまなこしてこがらしを聞け暗夜をとよむ
  戦場に眼鏡うしなう記憶ひとつ寂しさは今の目覚めにつづく
  生くるなら勝者と生きよ夜を一生(ひとよ)吾が影歩む分身の兵
  庭刈りて二つ残れるあけびの実絶えゆくものの吾のめぐりに

そろそろ膨大な近藤芳美論を読まないと恥ずかしいなとおもう。でもまずは歌集を読みたい気持ちが大きい。