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薫る夕暮れ、わかりはじめる

読んだもの、観たもの、いただいたもの、詠んだ短歌などについての記録。

近藤芳美『磔刑』

読書日記

◇近藤芳美『磔刑


 1988年刊3月短歌研究者刊。第15歌集。
 「1985年から86年夏にかけての作品よりなる。72歳、73歳の間である。…同じ時期、雑誌「世界」(岩波書店)に「歌い来しかた」という文章を掲載していた。…小さな仕事ながら、一歌人とし自らの作品を通し、生きてきた戦後史の一時期をたどり直そうとするやや重たい作業でもあった。」(『近藤芳美集』第4巻著者あとがき)
 「更に85年11月、「現代歌人協会代表団」として中国への旅をした。戦後40年、日本と中国の平和と友好をひそかに願って他ならない。ひとりのこころのこととして記しておく。」(『磔刑』著者あとがき)

 近藤の身辺上の大きな変化は歌としてはあらわれない。これまでと同じく、風景や妻との日々を穏やかに叙情的に読む歌群と、季節に従い、また旅先で歴史や自らの経緯に思いを馳せる歌群が、大きなふたつの柱となって構成されている。中国への旅行と戦後四十年というひとつの節目が重なった時期。キリストの磔刑を目撃した使徒パウロを描く連作(「磔刑」)を作り、この連作のタイトルをそのまま歌集名としたのは、やはり心境や思考の経緯の吐露を歴史の目撃者として意図的にしていこうという近藤の意志のあらわれだろう(飯田彩乃さんの未来誌での論考を思い出します←あとでタイトルなどきちんと書きます)。生き残った者の苦悩の中で、しかし生き抜くことを決意し、指向している印象がある。

 中国へゆけば杜甫や古代の戦乱などのことに思いを馳せ、かと思えば聖書の物語を主題とした連作がいくつかあらわれたりして、やはり歴史と限りなく同化して生きた人なのだと思う。

果樹園の切り払われてなずさえる夕くれないや月かかるまま
生きて残るなどと思うな身を削ぎて吹くごとき風杖に歩み来て
慰めむひとりをたずね終る旅春過ぎゆかむひと日夕かげ

かなしみのときの成熟に平和あれよ遠く四十年真夏日めぐる

寝台の冷えに車窓に覚めて見し北斗は近し蜀の道つたう
冬に備うる白菜の町におびたただし北京より成都より今日は西安
文化大革命の日に生きたりしことをいわぬひとつ世界も人の優しさも

この国に再び今を何に生くる詩のことを聞く吾ら詩人ゆえ
ヨブの叫びいつさえ人間の叫びとし古代の生きし地に生き縋る
使徒パウロ磔刑のその人を見しというや冴えて眠り待つ霜夜のねむり
イザヤ書をわずか読むのみ重ねゆく日の寂しさの冬戻るべく

 「マリーゴールド」という連作が前後の歌群と少し違う印象。やはりものすごくお洒落な人だと改めて思う。

マリーゴールド

ジェットコースターつねに声湧く夜空冷え年々に来る森の路あり
観覧車森になおめぐるひかりいくつ夏のごとに来て妻と路つたう
回転木馬めぐり初むれば妻とあり木むらのひかり園閉じむとて
踊り終えし一団はフィリピンの男おみな季過ぐる遊園に人の乏しく
マリーゴールド咲き群るるかたゲートの灯深夜のごとし共に帰らな
待つ父母ありにしこともまた遠く青松虫の月に鳴きしきる