薫る夕暮れ、わかりはじめる

読んだもの、観たもの、いただいたもの、詠んだ短歌などについての記録。

留守番の日に(30首)

留守番の日に /柳原恵津子

 

まずは二度寝三度寝をするお姉ちゃんと夫がキャンプへ出かけた朝は

 

起きようとせがむ妹もくすぐって笑い転げる鈴でいてもらう

 

ひとりでは食事の時間も曖昧で太陽のすすみ具合など見る

 

〈夫〉だとか〈パパ〉だとかいう水鳥の羽根積もらせてあの人の名は

 

いいかげん空腹となってマクドへと向かう、午後二時。公園も行こう。

 

バスタオルと小さな水着と小銭入れと夏の散歩はそれだけ持って

 

今日はなにせ特別だから好きなもの食べていいのよ、ハッピーセット

 

プリキュアのおもちゃをいじる子の口にポテトを押し込んで、午後三時。

 

不随意にひらいてしまう引き出しを黙って閉めてくれる夫なり

 

似合うよと言われて葡萄か梨のように水着買うのも夏ならばあり

 

泳ぐことをかくも手づから親が子へ伝え継ぐのか夏のプールは

 

ジャグジーの吹き出し口を触るとか怖いとか言い合って、四時半。

 

おそろいのプールのにおい帯びながらのんびりゆっくり三輪車押す

 

分かれ道にさしかかるたびに結局はひき止めたのだ袖を掴んで

 

夕方のテレビ聴きながらうたた寝す追うことは幸福に疲れて

 

お祈りを日々唱えなさい、おまえには特に必要、と父は諭しつ

 

何を食べると聞けば必ずハンバーグと答える小さな肉食女子

 

母の味で味付けをして夫の好きな大きさにして焼くハンバーグ

 

オレンジのあかり灯してレタスの葉を洗う 笑っていたい、夏ゆえ。

 

ハンバーグも二つきりならひとつには茗荷ひとつにはデミグラス

 

ちちははに貰った足の爪を磨く明日も誰かに買ってもらうため

 

アド街ック天国」今週は宮ヶ瀬湖 絶対行こう、とわれら女子会

  

ミカドコーヒーと葡萄のウェルチ飲みながら留守番の夜はゆるゆると更ける

 

遺伝子が違うほど惹かれあうという説はともかく、私は父の子

 

ひとつだけ敷いた布団は海をゆく筏のようでそっと乗ってみる

 

夏の夜はまだ宵の口どんな酒を川辺のひとは飲んでいるだろう

 

パパとねえね、帰ってきたらいいのにね。こんどはきっとついていこうね。

 

歌ならば何だって歌うただ君がこのままここにいてくれるなら

 

レントゲン撮りますよ、と月明かりおおかた今日は人の影ばかり

 

とはいえどこちらも多忙朝食をきちんととって散歩へゆかな