薫る夕暮れ、わかりはじめる

読んだもの、観たもの、いただいたもの、詠んだ短歌などについての記録。

ある朝ある夕

ある朝ある夕

 皿を出す音パンの匂いたぶんあれは娘だそろそろ七時半だろう

まだ眠りたいからひとり食事する娘に朝のコーヒーをねだる
うちのママはなんで面倒見てくれないの?と甘噛むように少女は
寝床まであなたを呼んでつま先で背中撫でつつ聞く今日の予定
ゆくりなく来たのだ少女の胸先に初夏の菜種のような隆起が
思春期用の肌着を着せてまじまじと少女の胸を見てよしとする
リビングで服を脱ぐなととがめればことさらに肌をさらす、さらす、君
着替えながらじゃれ合う姉妹一生分その肌を記憶すべきだすぐに
髪を洗えととがめても睫毛を反らし「いいからはやく結んで」だなんて
やがて来る春そして夏 繭玉をかくまう準備しなければならぬ
ふわふわと埃がからむリビングをどうすることもせずまわす日々
ひとりひとつ鉄の塔をたててゆく果てのない暮らしなのか夫婦は
母である矜持が根絶やしとなった身体を季節として差し出す
タクシーのシートに身体沈ませて五倍速で見る夕暮れの街
おでかけの約束をすれば運転席揺らしてオオカミのこども喜ぶ
春生まれの子の重たさよよりによって真夏に身籠もるのではなかった
切り時の髪をあまものように揺らしおさなごは凛と夕闇をゆく
プール帰りの少女らをおかえりと拾う とても穏やかな感情だ、今
ゆるやかな転落という他のない時は命がつながればいい
だいすきと何回も言うおさなごの胸に額をこすらせながら
うまい棒食べたらゴミを投げっぱなしそのたびにまともに傷つくよ
仕事から戻るも夫は海風のひらめきで子らと食事へゆけり
居残りをするとはこんなつまらなさ本をひらくが静かすぎる部屋
知り合った日のことを書けばあの日からずっと恒星と惑星だわれら
われのみの夕食は作る甲斐のなくてご飯に揚げ玉だけかけて食べる
十年間いちまいの春のジャケットを匿うような微熱、に触れた
われわれの水くみ場だから食器たちは毎日洗うシンクもみがく
唐突に戸が開けられて膝をめがけ走り来る子の息、バジルの香。
自分が燃えてしまうかあなたが散らばってしまうか、その億年の間を駈ける
おやすみ、と書斎へ向かうこの人も燃えさかる一点をめぐる星

 

 マラソンリーディング2014withガルマンカフェ(11/23(日・祝)@cafe LAX)で、朗読をさせていただいた時の歌稿です。「未来」に出した月詠の作品を並べ直し、改稿して30首の連作にしました。

 マラソンリーディングでの朗読初体験は、今年いちばん印象的だった出来事のひとつです。もっと朗読したときに音として伝わりやすい連作の組み方とか、歌そのものを探求したいと思いました。

 お世話になった皆様、ご一緒した皆様、どうもありがとうございました!

近藤芳美『磔刑』

◇近藤芳美『磔刑


 1988年刊3月短歌研究者刊。第15歌集。
 「1985年から86年夏にかけての作品よりなる。72歳、73歳の間である。…同じ時期、雑誌「世界」(岩波書店)に「歌い来しかた」という文章を掲載していた。…小さな仕事ながら、一歌人とし自らの作品を通し、生きてきた戦後史の一時期をたどり直そうとするやや重たい作業でもあった。」(『近藤芳美集』第4巻著者あとがき)
 「更に85年11月、「現代歌人協会代表団」として中国への旅をした。戦後40年、日本と中国の平和と友好をひそかに願って他ならない。ひとりのこころのこととして記しておく。」(『磔刑』著者あとがき)

 近藤の身辺上の大きな変化は歌としてはあらわれない。これまでと同じく、風景や妻との日々を穏やかに叙情的に読む歌群と、季節に従い、また旅先で歴史や自らの経緯に思いを馳せる歌群が、大きなふたつの柱となって構成されている。中国への旅行と戦後四十年というひとつの節目が重なった時期。キリストの磔刑を目撃した使徒パウロを描く連作(「磔刑」)を作り、この連作のタイトルをそのまま歌集名としたのは、やはり心境や思考の経緯の吐露を歴史の目撃者として意図的にしていこうという近藤の意志のあらわれだろう(飯田彩乃さんの未来誌での論考を思い出します←あとでタイトルなどきちんと書きます)。生き残った者の苦悩の中で、しかし生き抜くことを決意し、指向している印象がある。

 中国へゆけば杜甫や古代の戦乱などのことに思いを馳せ、かと思えば聖書の物語を主題とした連作がいくつかあらわれたりして、やはり歴史と限りなく同化して生きた人なのだと思う。

果樹園の切り払われてなずさえる夕くれないや月かかるまま
生きて残るなどと思うな身を削ぎて吹くごとき風杖に歩み来て
慰めむひとりをたずね終る旅春過ぎゆかむひと日夕かげ

かなしみのときの成熟に平和あれよ遠く四十年真夏日めぐる

寝台の冷えに車窓に覚めて見し北斗は近し蜀の道つたう
冬に備うる白菜の町におびたただし北京より成都より今日は西安
文化大革命の日に生きたりしことをいわぬひとつ世界も人の優しさも

この国に再び今を何に生くる詩のことを聞く吾ら詩人ゆえ
ヨブの叫びいつさえ人間の叫びとし古代の生きし地に生き縋る
使徒パウロ磔刑のその人を見しというや冴えて眠り待つ霜夜のねむり
イザヤ書をわずか読むのみ重ねゆく日の寂しさの冬戻るべく

 「マリーゴールド」という連作が前後の歌群と少し違う印象。やはりものすごくお洒落な人だと改めて思う。

マリーゴールド

ジェットコースターつねに声湧く夜空冷え年々に来る森の路あり
観覧車森になおめぐるひかりいくつ夏のごとに来て妻と路つたう
回転木馬めぐり初むれば妻とあり木むらのひかり園閉じむとて
踊り終えし一団はフィリピンの男おみな季過ぐる遊園に人の乏しく
マリーゴールド咲き群るるかたゲートの灯深夜のごとし共に帰らな
待つ父母ありにしこともまた遠く青松虫の月に鳴きしきる

 

題詠blog2014後半(051~100)

《題詠blog2014後半(051~100)》

051:たいせつ

はじめての白髪は恩寵のようでたいせつにジップロックにしまう

052:戒

閉ざしたる窓、その内のひとりきりの戒厳令をわたしのために

053:藍

うまいよ、と自慢も出るね女の子用ラケットに藍のテープを巻きぬ

054:照

照りながら降る雨がみたい光もない水もない温度もない食事

055:芸術

壁中におされた小さな手形では驚かないとても芸術的だね

056:余

またいなくなるから手紙書かなくては余白が近ごろはひからせる

057:県

お金のないはじまりだったねうえの子は埼玉県西川口生まれ

058:惨

徒競走は嫌、でも五年目になれば惨敗ののちの顔も晴れやか

059:畑

雨上がりのお芋畑のお土産は大きな芋と泥んこズボン

060:懲

懲役と死刑を秤にかけた上での7人の殺害だという

061:倉

新生児用体重計にモンチッチを乗せおり倉庫に身をかくす日は

062:ショー

仄暗き水槽に子は見入りたりショーを終えし白イルカ二頭の

063:院

下町の産院の医師なりし祖父のわたしは生まれ変わりだという

064:妖

ほどほどに付き合うことを子も知りて妖怪体操第一ができる

065:砲

もう君は大きいのだからそんな走って来たら大砲の弾みたいだ

066:浸

まきびしが転がる日々のつかの間をうさぎリンゴのための塩水

067:手帳

書いて書いて手帳を埋める己が身を愛するためのメソッドとして

068:沼

ずっと沼を歩きつづけたその先の発光をはじめそうな匂い、を

069:排

電話はいや。新聞やさんにもでない。排水管清掃からも逃げる。

070:しっとり

午後の雨の多き霜月前髪をしっとり濡らし子は帰り来ぬ

071:側

われの右側のあなたの右側の甘夏のワゴン販売の声

072:銘

叱責のメールを打ってその足で鉄剣銘を板書しており

073:谷

この冬のこどもたちとの約束の谷中銀座の飴屋の飴、ほか

074:焼

外泊をはじめてしたるおさなごの焼きマシュマロの話など聞く

075:盆

簡潔に言う男らしい藤原道長の書きし「盂蘭盆」の文字

076:ほのか

ぞんざいに子のいれてくれし珈琲のなみなみとほのかに温かし

077:聡

聡明というわけじゃなく優しいとも違って何というか姉です

078:棚

地球儀を寄せてタオルで棚を拭く今年もおひなさまを出そうよ

079:絶対

絶対という語の好きなおさなごが絶対と言うときのニヤニヤ

080:議

引きつぎをひとつ終えたり八月と十月の議事録なくしたまま

081:網

しかし証であるからちゃんといただいて大切にしまう連絡網を

082:チェック

ネクタイを買うことのなくユニクロのチェックのXLとしたしむ

083:射

射貫かれることより苦く青空を思慮のなき顔でみあげるばかり

084:皇

七歳の君は生きるよ皇太子をめんたいこって読みちがえながら

085:遥

それは見てきたように母子で語るなり遥かかなたの国の話を

086:魅

雨雲に魅入られっぱなしなるひと世わらう他ない人形でいたい

087:故意

故意じゃないことばかり選ぶという故意を海岸につくまで繰り返す

088:七

七歳の君は生きるよ三年生の男の子にやりこめられながら

089:煽

海風に煽られる君の髪などを痛いほど知る見知らぬままに

090:布

いちまいの布を窓辺に帆のようにかざしてたったひとりの船出

091:覧

図書館の閲覧室で知りし私たちの十五年のちの常用薬よ

092:勝手

うたがいの眼差しは雨みたいだからうたがいがかわくほど身勝手を

093:印

君の姓は草原の木蔭もらいうけし印をわたしの分霊、と決める

094:雇

しぶいしぶい顔をあなたはするだろう雇用とか職とかの話に

095:運命

運命とやがてことばにしなくなり本当の運命が根を張る

096:翻

伸びっぱなしの髪翻しゆきずりのゆきずりたる能力に殉ぜよ

097:陽

小春日の陽があたたかいこの午後にわたしの影をひとつ隠すよ

098:吉

吉報をひとつ携帯にうけておさなごに食べるべきものを聞く

099:観

観覧車まわれよまわれあした行く沖をてっぺんから愛そうよ

100:最後

ポンデリングの最後に食べる一粒を家族みんなで囲んでおりぬ

題詠blog2014前半(001~050)

《題詠blog2014前半(001~050)》

001:咲

職場へと送られながら室咲きのサボテンのごとくわらっていたり

002:飲

わたしならゆっくり食べる湯豆腐をひと飲みでたいらげたのだ、夫は

003:育

午後六時 色とりどりのパンプスが保育園の玄関にひしめく

004:瓶

こんな瓶が投げられて燃えていた日々の想像もつかぬままの不惑

005:返事

娘たちが返事をくれぬ真昼間に母という衣いちまい落とす

006:員

職引きしのち失った語彙として一函、鳥の子紙、楮紙、員数

007:快

「快い羽音いちばん」こども等が読み上ぐる椋鳩十淡し

008:原

ストリートビューで覗けば原発の入り口に白きいちにん立てり

009:いずれ

手のひらで時の重さを五度はかりいずれ会おうとメール結びぬ

010:倒

根元よりあの日倒れし柿の木の…kakierというフランス語あかるし

011:錆

君たちを世界から匿っている例えば錆びのある歩道橋から

012:延

かつて延命院貝塚と呼ばれいし場所で天然氷待ちおり

013:実

そういえば君のズボンのポケットからどんぐりの実の出ぬ秋だった

014:壇

着の身着のままいつものままで会いにゆく檀ふみが好きという母親に

015:艶

躑躅色のくちびるの艶を凝視せり子の胸の膨らみゆく冬に

016:捜

満員の快速 不意にひどいひどい家宅捜索されたくもなる

017:サービス

覆したきものとしてサービスエース取るものが勝つという勝つの定義

018:援

お姉ちゃんを叱れば反撃があって妹の援護射撃まで来る

019:妹

六度目の冬に向き合う妹の水底の貝のようなだんまり

020:央

草原ではじめた折り句ゆきゆきて香央理さんの央でゆきづまりたり

021:折

沈んでも沈んでも戻らぬ言葉からだを折りたたんで眠りぬ

022:関東

東京でも日本でもなくこの街を関東と呼ぶときのあかるさ

023:保

唐突にしあわせは来るポーチへと君の保険証をしまう時などに

024:維

たずねたきたよりたき弱き朝には王維詩集を書架よりえらぶ

025:がっかり

がっかりという顔の上手き親友を拾いし日、からの平行世界

026:応

戦争といえば応仁の乱であるたとえばそういう職掌だった

027:炎

絵が好きなおまえじゃないが炎の絵をおまえが描いたことのないこと

028:塗

実に妙な毎日だった塗り絵などいくらでも買ってやった暮らしは

029:スープ

買うべきか買うべきじゃないか逡巡しオニオンスープを買って帰りぬ

030:噴

噴煙をあげる山々の映像を眺める他のなき冬である

031:栗

給食やおやつの話聴きながら御栗林をあるいてゆきぬ

032:叩

とらえどころなきものの萌芽おさなごが人を叩きたがる冬である

033:連絡

風邪をひきし子を休ませるためですら連絡帳を託す人が要る

034:由

泣いている理由を問えどおさなごはひたすらに腹を蹴り上げるばかり

035:因

何者にもならないといえば原因とずっと同衾ができるのですか

036:ふわり

スカートをふわり揺らして歩み行く北の魔女の忠実なるしもべ

037:宴

兼業の母の子であれば宴会も飲み会も知りつつ育ちゆく

038:華

栄達も栄華もからっきし要らぬぜーんぶ投げて君に帰りたし

039:鮭

いつの間にか作らなくなった献立に筑前煮茶碗蒸し鮭チャーハン

040:跡

はつふゆの遊歩道にはなないろの足跡きみと踏みながらゆく

041:一生

ああ、これは不実、と思う一生という言葉不意に口に出せば

042:尊

出来事が文字を陵辱することのありてたとえば尊の文字など

043:ヤフー

YouTubeの動画をヤフーで検索するおさなごの夜土曜日曜

044:発

どうか君が発熱をしませんように死んでしまう、ととてもこわいから

045:桑

この街に生きるさびしさ桑畑を桑の実をみたことのないこと

046:賛

かぎりなくさびしき道だ賛成とも反対とも君に聞かぬ旅

047:持

もう母に期待をしなくなって子が遠足の持ち物をあつめる

048:センター

家庭教師センターへ夫を見送りぬ裏道で抱擁せし後に

049:岬

まさに突き破って生まれたというべき岬のような額の君だ

050:頻

震度6が頻発をするこの島のこの時代に子らを産みてあり

留守番の日に(30首)

留守番の日に /柳原恵津子

 

まずは二度寝三度寝をするお姉ちゃんと夫がキャンプへ出かけた朝は

 

起きようとせがむ妹もくすぐって笑い転げる鈴でいてもらう

 

ひとりでは食事の時間も曖昧で太陽のすすみ具合など見る

 

〈夫〉だとか〈パパ〉だとかいう水鳥の羽根積もらせてあの人の名は

 

いいかげん空腹となってマクドへと向かう、午後二時。公園も行こう。

 

バスタオルと小さな水着と小銭入れと夏の散歩はそれだけ持って

 

今日はなにせ特別だから好きなもの食べていいのよ、ハッピーセット

 

プリキュアのおもちゃをいじる子の口にポテトを押し込んで、午後三時。

 

不随意にひらいてしまう引き出しを黙って閉めてくれる夫なり

 

似合うよと言われて葡萄か梨のように水着買うのも夏ならばあり

 

泳ぐことをかくも手づから親が子へ伝え継ぐのか夏のプールは

 

ジャグジーの吹き出し口を触るとか怖いとか言い合って、四時半。

 

おそろいのプールのにおい帯びながらのんびりゆっくり三輪車押す

 

分かれ道にさしかかるたびに結局はひき止めたのだ袖を掴んで

 

夕方のテレビ聴きながらうたた寝す追うことは幸福に疲れて

 

お祈りを日々唱えなさい、おまえには特に必要、と父は諭しつ

 

何を食べると聞けば必ずハンバーグと答える小さな肉食女子

 

母の味で味付けをして夫の好きな大きさにして焼くハンバーグ

 

オレンジのあかり灯してレタスの葉を洗う 笑っていたい、夏ゆえ。

 

ハンバーグも二つきりならひとつには茗荷ひとつにはデミグラス

 

ちちははに貰った足の爪を磨く明日も誰かに買ってもらうため

 

アド街ック天国」今週は宮ヶ瀬湖 絶対行こう、とわれら女子会

  

ミカドコーヒーと葡萄のウェルチ飲みながら留守番の夜はゆるゆると更ける

 

遺伝子が違うほど惹かれあうという説はともかく、私は父の子

 

ひとつだけ敷いた布団は海をゆく筏のようでそっと乗ってみる

 

夏の夜はまだ宵の口どんな酒を川辺のひとは飲んでいるだろう

 

パパとねえね、帰ってきたらいいのにね。こんどはきっとついていこうね。

 

歌ならば何だって歌うただ君がこのままここにいてくれるなら

 

レントゲン撮りますよ、と月明かりおおかた今日は人の影ばかり

 

とはいえどこちらも多忙朝食をきちんととって散歩へゆかな

6月6日(金)、7日(土)

6月6日(金)
◇ずっと懸案だった原稿をひとつ送る。問題の解決だけが私を前にはこんでくれる。

◇連絡を取るべき人(数名)にまだ連絡をとっていない。身辺整理をしてからとつい思いがち。ビジョンが見えていないと話も出来ないだろうと思うからなのだが、この日少しわかったことがあった。

◇outsider art、生(なま)の芸術、という言葉について考えを巡らせる。outsideにしてもinsideにしても、既知のものについて議論する場合には書き手や読み手に対する、自浄作用が目的となるだろう。その場合、これまでに書かれたものよりごくわずかに、刺激が強かったり同系統だけれど違うパターンのものであったりすればいい。島田雅彦さんの『CAの受難』(「新潮」6月号)なんかはこのパターンなのかもしれないけれど、最近読んだ中で衝撃を受けたもののひとつ。

◇もうひとつは未知のものを探るという道がある。その場合、outsideにしろinsideにしろ、典型的なその中心から始めるよりはoutsideとinsideのはざまのようなところから、境界を押し広げるように進んだ方が成果を得やすいように感じる。そのあたりにたっぷりと滲みこんでいる筈の涙が気になって気になってたまらない時期があったが、近頃ではそのあたりのゾーンに絞らなくても涙は全体的にじっとりと滲みこんでいるということが、感情のレベルでわかってきた。

◇つまりoutsideそのものには、私はあまり興味がない。生(なま)にはどこまでも関心がある。


6月7日(土)
◇朝、コメダで短編の改稿をしようと思ったが、うまく進まなかった。先月末でいちど心を使いきったけれど、そうも言ってはいられない。

◇ふたたび自分の身めぐりを思って落ち込む時期が来た。けれど4月の頭のころから比べて、自分の中での書くものに対する理想が全く別物に変わったなあと実感する。他の選択肢もあったし、そちらを選んでいたらどうなっていたのかはわからないけれど、自分の自分に対する要求の水準が上がるのはいいことだし、それがなければ前進出来ない。

◇わたしのPCで「ようきゅう」と打つと最初の変換の候補が「耀宮」と出てくる。『日本国語大辞典』なんかで見ても「耀宮」という言葉はないのだけれど、いつの間にかそういう打ち癖(2文字まとめて出てきてくれる)が染みこんでいたのだな。「耀宮」という言葉があっても良いとおもう。かがやく宮殿。

6月5日(木)

◇梅雨入り。量感のある雨の中をひさしぶりにサンダルで歩いた。いかにも夏。ばしゃばしゃと進む。

 

◇下の子のピアノを見てあげる時間が、ちかごろなかなかとれない。初学のうちは寄りそってあげなければうまくならない。

 

◇笹井宏之さんの作品を読み直している。笹井さんの作品のどこが優れているのかじっくり考えたら自分の詠みぶりが壊れる気がして、どちらかというといつもさらさらと読んできた。言葉と言葉をつなげる純粋な楽しさと、いま向き合っているわたしとあなた以外をすべて忘れて抒情するあたたかさのいちばん果てまで出かけてしまった人なのだなと思う。しばらくじっくり読んでみたい。必読の笹井論があったら教えて下さい。

 

月詠もそろそろ頑張らねば。6月号で黒瀬さんに「最近の作品に注目している」といっていただき、大田美和さんにも「今月の一人」の時の連作についてもったいないほどのコメントをいただいて嬉しかった。6月号は、記念の号。

 

◇読書

・「新潮」2014年6月号。

・「未来」2014年6月号。

・笹井宏之『ひとさらい』『てんとろり』(再読)。

  「はなびら」と点字をなぞる ああ、これは桜の可能性が大きい

  胃の中でくだもの死んでしまったら、人ってときに墓なんですね

  ねむらないただ一本の樹となってあなたのワンピースに実を落とす